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国民の総意

kage

2016/08/11 (Thu)

8月も中旬に入り、世の中の雰囲気はすっかり夏休みですね。さらに連日の猛暑や盛り上がるリオ五輪の影響で寝不足気味の方も多いのではないでしょうか?だからという訳でもないのですが、このところ当ブログも開店休業状態が続いておりました。このままではイカン!と思い始めていたところ、折しも今日は今年新設された祝日「山の日」で朝からのんびりとした時間を過ごしておりましたので、これを利用してブログの更新を試みようと思い立った次第です。ちなみに今回のタイトルは、日本国憲法第1条の一節から引用させていただきました。

第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

お察しのとおり、今回は8月8日に公開された天皇陛下のビデオメッセージについて思うところを書き綴ってみたいと思っております。ただし皇室関係の話題は個人が自由に意見表明できるブログという場においても慎重に取り扱うべきだと私個人は認識しておりますので、本エントリーでは「お言葉」の具体的な内容やその是非には触れません。それではいったい何について書くつもりなのか?と申しますと、タイトルに掲げた「国民の総意」について改めて考え直してみたいのです。

上記の条文を素直に読めば、天皇の地位を裏付けるものは国民の総意であることが分かります。すなわち、もし仮に「日本に天皇はいらない」という意見が国民の大多数を占めれば、天皇制は廃止されることもあり得るということですね。しかし現状は大多数の国民が天皇の地位や象徴としての役割を支持しているため天皇制は維持されているとの認識なのでしょう。しかし裏を返せば、結果的に天皇陛下のお心を悩ませているのも「国民の総意」が原因だといえるのではないでしょうか?高齢化により公務に支障を来すことは昭和天皇や香淳皇后の先例からも明らかでした。しかし政府や国会がこれを教訓にして有効な対策を講じることはありませんでした。これを政府や国会議員の無為・無策であると責めることは簡単です。しかし天皇の地位が日本国民の総意に基く以上、無為・無策の非難を受けるべきは私たち国民一人ひとりなのかも知れません。どんなに高齢になっても決してリタイアを許さない過酷な状況を放置しているのも「国民の総意」なのです。さらに言えば、民間から皇室に入った皇太子妃雅子さまが跡継ぎ誕生を求める過剰なプレッシャーで体調を崩されたのも「国民の総意」といえるのではないでしょうか?このように人道的にも大いに問題がありそうな非常に窮屈な皇室の環境を今後どうすべきか?については国民的議論が必要である、というのが私の意見です。

皇室を巡る国民的議論といえば、そう遠くない過去において一時的に盛んになった時期があったことを覚えておられるでしょうか?小泉政権下の2005年11月に女性・女系天皇を容認する有識者会議の報告書がまとめられ、皇室典範の本格的な改正が検討されました。しかしこの時は2006年9月に悠仁親王がお生まれになったことで議論は事実上立ち消えになってしまったのです。しかしいくら後継問題が解決したとはいえ、悠仁親王が天皇に即位される頃には女性皇族が結婚により皇籍を離脱してしまい公務を補佐できなくなるため野田政権下で女性皇族が結婚後も皇室に残る女性宮家の創設について検討され、2012年10月にその論点整理がまとめられました。しかしこの時は総選挙に敗北した民主党が政権を失ったため、この議論も事実上立ち消えになってしまったのです。その後は無為に月日を重ねただけで、皇室を取り巻く環境は野田政権時と何一つ変わっていません。悠仁親王には成年皇族が果たすべき役割をすべてお一人で背負わなければならないという激務が待ち受けているのです。

それでは実際に私たちは何をすべきか?と申しますと、文字通り日常的に議論を重ねていけば良いと考えます。ただし議論といっても堅苦しく考えずに、例えば友人や同僚との日常会話の中で「この前の天皇陛下のお言葉についてどう思う?」などと話題にすることから始めればいいのだと思います。そうして国民的な関心が高まり、「政府に求める政策は?」とか「次の選挙の争点は?」などの世論調査の中に「天皇」や「皇室」という単語が現れ始めれば明らかに流れが変わってくることでしょう。何よりも大切なことは、「このように問題の多い事態に至ったことについては私たちにも責任の一端があるのだ」という当事者意識を持つことなのだろうと思います。

当事者意識が必要なのは何も皇室関係に限った話ではありません。少子高齢化が急速に進行する日本で社会保障制度が事実上行き詰まっていることも、国の借金が膨張を続け(昨日の報道では国民一人当たり830万円)財政破綻のリスクが高まっていることも、日本銀行が際限ない金融緩和に追い込まれ出口戦略がますます困難になっていることも、すべて「国民の総意」なのです。繰り返しになりますが、「このように問題の多い事態に至ったことについては私たちにも責任の一端があるのだ」という当事者意識を持つことが大切なのだろうと私は思っています。自戒も込めて。

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