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日本サポーターを世界が賞賛

kage

2014/06/17 (Tue)

皆さんご承知のとおり、サッカーのワールドカップ日本代表初戦となる対コートジボワール戦は逆転負けという残念な結果に終わりました。しかしその敗戦直後の観戦席で日本人サポーターたちがゴミ拾いをしている様子が報じられ、世界中から賞賛されているとのこと。この活動は日本がワールドカップにに初出場した1998年フランス大会から行われているそうですが、「立つ鳥跡を濁さず」を美徳とする日本人らしい行動であるといえます。ところでこのいかにも日本人らしい行動が、実はここ50年で定着した「新しい美徳」であることを皆さんはご存じでしたか?

これは以前見たテレビ番組からの受け売りですが、1960年代初頭までの日本ではゴミやタバコの吸い殻のポイ捨ては日常茶飯事で、街角や公園などはお世辞にも綺麗な状態とはいえませんでした。このような状態で1964年の東京オリンピックを迎えると日本を訪れる多くの外国人に対して誠に恥ずかしいとのことで、国を挙げて「ゴミのポイ捨てはやめましょう」というクリーンキャンペーンを始めたそうです。国民の多くも「確かに東京オリンピックという一大行事を前にしてこのままではマズイ」と思ったのか、ゴミのポイ捨ては急速に消えていったそうです。

このように「いかにも日本人らしい」とされる国民性も、実は時代の変遷と共に移り変わってきた歴史があります。一例を挙げれば戦前までの男尊女卑の社会通念もそうです。皆さんご承知のとおり、戦前の女性には参政権が認められていませんでした(立候補も投票もできませんでした)。また江戸時代の女性は、例えどんな理由があろうとも女性の方から離婚を申し出ることはできませんでした。当時は「女子は幼少時は父兄に、結婚したら夫に、夫の死後は子に従うこと」が美徳とされていました。

それでは日本は古来男尊女卑社会だったかというと、もちろんそんなことはありません。このような社会通念が定着した要因は、江戸幕府を開いた徳川家が統治のために朱子学(儒教)を利用したことにあります。すなわち、忠孝(忠義と孝行)を推奨することで上下関係を明確にし、そこに「もう下克上はダメよ」というメッセージを込めたわけです。そう考えると、鎌倉時代の北条政子(鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の正室)や安土桃山時代の高台院(豊臣秀吉の正室・寧々)は決して特別な存在ではなく、当時としては当たり前であったことが分かります。すなわち、北条政子は源頼朝と結婚しても実家である北条家の利益代表という立場を維持していましたし、高台院も豊臣家は夫と自分の共同作品であると思っていたでしょう。そして周囲もそれを認めていました。これに対して幕末の天璋院篤姫(13代将軍徳川家定の正室)や皇女和宮(14代将軍徳川家茂の正室)は、「結婚したら夫に従え」という教えを忠実に守り、「将軍家に嫁したからにはもはや徳川の人間」という立場を貫きました。

このように日本人の美徳は時代と共に変化しますが、大きなテーマが掲げられた時に「長いものには巻かれろ」と考えるところがいかにも日本人らしいのではないか?と本エントリーを書きながらふと感じた次第です。

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