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投資は清濁併せ呑む

kage

2014/05/28 (Wed)

投資は間違いなく資本主義の根幹を支える重要な活動です。リスクを承知の上で経済活動にお金を流してくれる人がいなければ経済成長はおぼつきません。多くの場合、このお金の出し手は銀行であり、機関投資家であり、富裕層であります。そんな中で個人が例え少額でも自分の意志を込めて市場にお金を投じることは大変意義深く、尊い行為であると私は心の底から信じています。しかし誠に遺憾ながら、投資はこのような高潔な側面だけで成立しているわけではありません。なぜなら投資という行為の根底にあるのはお金を殖やしたいという欲があるからです。そもそも私たちが投資を行うのはリターンが期待できるからであり、リターンは取ったリスクの報酬であることを知っているからです。もちろん世界中にはリターンを期待しない寄付などの慈善行為を行う高潔な志を持った方々はたくさんおられますが、いつかは返済しなければならない投資資金(=出資金)を預かるという責任感が投資先に一定の緊張感をもたらし、成長への原動力となることもまた偽らざる事実です。高潔な志が必ずしも良い結果を生まないことは、私有財産の保有が禁じられた冷戦時代の共産主義国(ソ連や中国)で人々が勤労意欲をなくしてしまったことからもよく分かります。

そもそも経済成長を支えているのも豊かな暮らしを送りたいという人間の欲です。そして私たち個人投資家が投資を行うのも保有資産を殖やしたいという欲があるからです。目先の利益を追わない長期投資であっても豊かなセカンドライフを送りたいという欲が根底にあることは誰も否定できないでしょう。このように資本主義は人間の欲を成長の原動力として上手に活用する仕組みであると見ることもできます。しかし人間の欲には限りがないので定期的に暴走してしまうのが難点ですが。

ここでちょっと想像してみてください。お金に余裕がなくギリギリの生活を送っている人が投資をしている人を見てどう思うでしょうか?生活資金に余裕があるのにさらに保有資産を殖やそうとしている守銭奴と映るかも知れませんね。それは誤解だといくら弁明しても仕方ありません。先ほども述べたとおり、私たち個人投資家が投資をする背景にはお金を殖やしたいという欲があることは紛れもない事実なのですから。

このように、投資という行為には経済活動の一助となる「清」の側面と、欲の具現化という「濁」の側面があるわけです。その清濁を併せ呑むことで、結果的に経済成長が実現して、私たちの生活も豊かになっていくわけですね。投機家としてあまり良いイメージを持たれないデイ・トレーダーも市場に流動性を供給して経済活動に貢献しているという側面もあるように、投資においては結構「濁」の部分が重要なのかも知れません。

私はハイリスク投機家を自認していますので、人間の欲深さの恐ろしさを身に染みて思い知らされています。目先の利益を追わない長期投資のメリットはこの欲を適度にコントロールできるところにあると私は思っています。そんな長期投資の中でもさらに欲のコントロールを重視するのであれば、私は定期積み立てを熱烈推奨いたします。私はハイリスク投機家を自認していますので、自分で投資タイミングを測る楽しさも身に染みて理解しています。しかし購入価格や投資タイミングに一喜一憂することは私のようなハイリスク投機家への第一歩であることも紛れもない事実なのですから。

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